本記事の要点
- 処方の変更は、疾患像の変化を示す手がかりになることがあります。SGLT2阻害薬の追加も「糖尿病薬が増えた」だけでは終わらず、心不全やそのリスクを意識した介入かもしれません。
- NT-proBNP高値は心不全を示唆しますが、AF、腎機能低下、高齢でも上昇し得るため、それだけでは確定しません。
- 確定できない局面ほど、診断、意図、病態安定性を疑義照会で確認するのが安全な対応です。
- 心不全が「ある」なら、プロプラノロールは禁忌記載に抵触し得るため、継続可否と目的の確認が欠かせません。
- 処方箋外情報(症状、体重変化、腎機能、脈拍)を聴取し、構造で伝え、構造で記録する。これが処方監査の核心です。
状況整理(症例提示)
73歳女性。処方は以下のとおりです。
| Rp | 薬剤名(一般名) | 用法・用量 |
|---|---|---|
| 1 | ジゴキシン 0.125mg | 1回1錠 1日1回 朝食後 |
| テルミサルタン40mg・ヒドロクロロチアジド配合 | ||
| リバーロキサバン 15mg | ||
| シタグリプチン 50mg | ||
| 2 | プロプラノロール 10mg | 1回1錠 1日3回 朝昼夕食後 |
| 3 | アトルバスタチン 10mg | 1回1錠 1日1回 夕食後 |
| 4 | 【今回追加】 エンパグリフロジン 10mg | 1回1錠 1日1回 朝食後 |
聞き取りでは、エンパグリフロジン追加について「NT-proBNPが上昇しているので、心臓を保護しましょう」という説明があったとのことです。
ここで注目したいのは、患者さんの口から「心臓保護」という言葉が出ている点です。監査の焦点は「糖尿病薬が増えた」ではなく、「なぜ心臓保護が前面に出ているのか」に移ります。
ポイント
1. 追加処方が示す疾患像の変化
まず、もともとの処方を振り返ってみましょう。
ジゴキシンはAFのレートコントロール薬として使われ得る一方、強心配糖体として心不全治療の文脈も持ちます。ARB+利尿薬(テルミサルタン・HCTZ)も、降圧に加えて体液管理の文脈を取り得ます。
そこに「NT-proBNP上昇」「心臓保護目的」と説明されてエンパグリフロジンが追加されると、処方全体は少なくとも「心不全(または心不全ハイリスク)を意識した介入」へ傾いてきます。
ただし、ここで断定してはいけません。NT-proBNPは心不全以外でも上昇し得ます。AFそのものでも上昇しますし、腎機能低下や高齢も数値に影響します。NT-proBNP高値をもって心不全と決めつけ、処方全体を一方向に解釈してしまうのは早計です。
では薬局の役割は何かというと、心不全の診断を下すことではありません。「心不全の可能性」と「反証(AF/腎機能等)」を両方手元に置いたまま、確認すべき項目を整理して医師に返すことです。
2. 心不全が「ある」ならプロプラノロールが監査ポイント
心不全が背景に「ある」場合、プロプラノロールの妥当性は再点検の対象になります。
プロプラノロールは非選択的β遮断薬で、添付文書上「うっ血性心不全のある患者」は禁忌として記載されています。心不全では交感神経亢進が代償として働いている場面があり、非選択的β遮断によって心機能抑制の方向へ作用しやすいためです。
一方で、「β遮断薬=心不全禁忌」というわけではありません。心不全で予後改善エビデンスを持つβ遮断薬(カルベジロール、ビソプロロールなど)は標準治療として使われています。大事なのは「β遮断薬かどうか」ではなく、「どのβ遮断薬が、どの病態に、どんな目的で選ばれているか」という点です。
したがって本件では「禁忌だ」と断言するよりも、「心不全の診断有無と病態安定性を確認し、目的(レートコントロール以外の適応も含む)と継続可否を判断できる情報を集める」と整理するのが実務的に安全です。
3. 疑義照会が合理的になる理由と確認項目
「心臓保護の意図でSGLT2阻害薬が追加された」という処方箋外情報は、病態を読み解くうえで強い手がかりです。ただしNT-proBNPはAFや腎機能等でも上昇し得るため、それだけでは病態を断定できません。だからこそ疑義照会が合理的になります。
患者への質問(最小セット)
- 「心不全(心臓が弱い、心臓の機能が落ちている)と言われていますか?」
- 「最近、息切れ・むくみ・体重増加はありますか?いつからですか?」
- 「NT-proBNPはいつ測って、どれくらいと言われましたか?」(数値不明でも時期は確認する)
- 「プロプラノロールは何の目的と言われていますか?不整脈以外(手の震え、片頭痛など)の目的はありますか?」
- 「腎臓が悪いと言われたことはありますか?」(抗凝固薬用量・SGLT2導入後の安全性評価に関係)
医師への伝達文例
患者さんから、NT-proBNP上昇を背景に”心臓保護”目的でエンパグリフロジンが追加されたとお聞きしました。ジゴキシンも処方されているため、心不全合併の可能性があり、プロプラノロールの禁忌(うっ血性心不全)に該当する可能性もありますため、確認させていただきたいです。
薬歴への記録
- 処方変更点(抗凝固薬変更、SGLT2追加)
- 処方箋外情報(「NT-proBNP上昇」「心臓保護目的」)
- 評価(心不全の可能性はあるが、AF、腎機能等でも上昇し得るため断定せず、確認が必要)
- 疑義照会内容と回答
- 症状、体重変化、腎機能、脈拍に関する聴取事項
まとめ
- SGLT2阻害薬の追加は、疾患像(心不全/高リスク)の変化を疑う手がかりになり得ます。
- ただしNT-proBNP上昇はAFや腎機能等でも起こり得るため、心不全と即断しません。
- 断定できない局面ほど、診断、意図、病態安定性を疑義照会で確認するのが合理的で安全です。
- 心不全が「ある」なら、プロプラノロールは禁忌に抵触し得て、薬剤選択の再評価点になります。
- 処方箋外情報を聴取し、構造で伝え、構造で記録する。これが処方監査の核心です。
参考
- インデラル 添付文書
- ハーフジゴキシン錠 添付文書
- イグザレルト錠 添付文書(各社)
- ジャヌビア錠 添付文書
- ジャディアンス錠 添付文書
- 日本循環器学会/日本心不全学会「2025 年改訂版 心不全診療ガイドライン」
- CIBIS-II Investigators. Lancet. 1999;353:9-13.
- Packer M, et al. COPERNICUS. N Engl J Med. 2001;344:1651-1658.

